ページの先頭へ

■国別のリストに戻る     ■フランス 「パリ」のリストに戻る

 ロワイヤル橋  Pont Royal 

【世界遺産】ロワイヤル橋は、パリで3番目に古い橋。ルイ14世が建設費を負担し1685~89年にかけて作らせたので、「王の橋」の名が付いた。長さ110m、スパン20.8~23.4mの橋の設計は、ルイが元も信頼するジャック・ガブリエル(Jacques Gabriel)に任された(1687年死亡、彼の未亡人が後を引き継いだ)。彼は、石アーチの部分に、バスケットハンドル・アーチを用いた。このサイトで これまで登場した橋の中でバスケットハンドル・アーチを使った橋は、古い順に、トゥールーズのポン=ヌフ(1542~1632年)、パリのマリー橋(1614~35年)、ジニャック橋(1810年)、パリのノートルダム橋の両端に残る石アーチ(1853年)、トゥールーズのカタラン橋(1908年、ポン=ヌフに合わせたため)となっており、ロワイヤル橋はルネサンス期では最後の使用。ロワイヤル橋の最大の特徴は、17世紀に作られた3橋の中で、一番簡素で、意図された飾りは皆無に近い。橋脚の両側に三角の水切りが付いているが、洪水対策と思えば、装飾でも何でもない。ヴェルサイユ宮を作らせた王が、自ら命じた王の橋が、なぜこんなに質素なのか?

1枚目の図は、1907年に出版された『Études sur les Ponts en Perre(石橋の研究: 19世紀以前の見事な装飾)』の中にある、F. de Darteinが執筆した「Le Pont Royal sur la Seine à Paris(パリのセーヌ川のロワイヤル橋)」という節の付図。この節には、次のような一文がある。「ロワイヤル橋の簡素な形と、ルネサンス時代に作られたポン=ヌフ、マリー橋、旧サン=ミシェル橋などの装飾な橋との間には顕著な違いがある。ルネサンスの建築家たちは、橋を建物と同じように扱って飾り付けた。ロワイヤル橋の製作者は、橋の各部の輪郭を明確化させることだけで満足した。この方式に倣い、18世紀になると、橋に対し、“各種の持ち送りで支えられた装飾的なモールディング、装飾的な持ち送りで飾られたモールディング、枠付きのニッチ(壁の凹)、彫刻やその他の装飾などの建築意匠から借用した装飾” をしないことが一般的になった。ロワイヤル橋のようなタイプは、特にフランス中部で普及した(一例として、旧オルレアン橋、現在のジョージ5世橋を2枚目に示す)。この表現の違いは、橋の建設者の素性や教育により起きた変化ではない。建築家と技術者の区別は、どちらの時代にもまだ存在していなかったからだ。従って、嗜好の逆転の結果、簡素で合理的な形状の橋が生まれたのは芸術家のお陰であり、ロワイヤル橋は、その時代と重要性を考えると、最も注目すべき例である」。
 
 

1枚目の古図は、施工中のロワイヤル橋。2枚目の写真は、いつも頼りにしている、https://paris1900.lart nouveau.com/ponts/ のサイトにある正面からの写真。バスケットハンドル・アーチであることが、よく分かる。3枚目は右岸上流側から撮ったもの。4枚目はその拡大。こうして見ると、装飾が全くないわけではなく、高欄の下に半円形のモールディングが付いていて、3段の小さな段差で支えている。また、三角型の橋脚上の三角屋根に微妙な “重ね積み” があり、そのお陰で影ができて横縞がくっきり見える。なお、この橋は、拡幅されていないので、幅は架橋当時の17mのまま。