現在のカルーゼル橋は、1935~39年に架け替えられた長さ168m、3スパン(47.67m)のRCアーチ橋。ロワイヤル橋の240m上流に位置するので、スパン数こそ5から3に減らして航行に配慮したが、外観を重視し、コンクリートの上にはすべて石を張り、デザインもロワイヤル橋と同じ簡素なデザインとし、三角の橋脚の三角屋根の段差まで同じ形にして統一感にこだわった。ただ、アーチはバスケットハンドル・アーチではなく、コンコルド橋と同じ “半円アーチの上部だけを切り取った扁平なアーチ” だが、どこにも高さが書いてないので、ライズ比がどのくらい小さいのかは不明。残念なのは、建築家が4体の大きな像を橋の両端の左右に置いたこと。幸い、あまり目立たないので、ロワイヤル橋の概念は崩れていない。1枚目の写真は、https://paris1900.lartnouveau.com/ponts/ のサイトにある正面からの写真(奥に見えるロワイヤル橋の橋脚と対比できる)。2枚目の写真は、ルーブル美術館のラ・トレモワイユ・パビリオン(Pavillon de la trémoille)の正面にあるカルーゼル橋を左岸上流側から撮ったもの。3枚目の写真は、逆に、右岸上流側から橋をメインに撮ったもの。
ここで、現在のカルーゼル橋よりも面白い1834年に完成した初代カルーゼル橋について触れておこう。設計者は、アントワーヌ=レミ・ポロンソー(Antoine-Rémy Polonceau)。あの、「ポロンソー形式」の生みの親の作品。長さ151m、3スパン(47.66m)の鋳鉄上路アーチ橋。1枚目の写真が、2スパンしか写っていないが、当時の写真。アーチと路面の間に、大きさの異なる鋳鉄製の輪が連続して6個並んでいる。何とも不思議な姿だ。この珍しい橋は、河川航行には高さが不十分という難癖が付けられ(写真を見ても、そうは思えないが)、1937年に解体されてしまった。フランスは、マルク・スガンのフランス初の吊橋も、航行に邪魔という理由であっさり壊してしまったし、かつては、価値判断の認識がお粗末だった(日本は今でもお粗末だが)。ここで、是非とも紹介しておきたいのが、スペインのセビーリャにあるトリアナ橋(Puente de Triana)。完成は1852年で、初代のカルーゼル橋より18年遅いが、3スパンで長さ149mは、ほぼ同じ大きさ。そして、1枚目のように、現役で立派に使われている。馬車しかなかった時代に作られたのに、石アーチならまだしも、鋳鉄橋の上を、自動車が荷重制限なしに走っている。なぜ、そんなことができるのか? それは、パリと違い、セビーリャの人が この橋に愛着をもっていたから。そこで、外観を変えずに、現代にマッチするよう、見事な解決策を考案した。それには、2枚目の写真を見て欲しい。写真をよく見ると、アーチの上に並んでいる鋳鉄の6個の輪の天辺は何も支えていない。つまり、アーチを含めたすべてが「飾り」なのだ。輪の奥の上部を見ると、橋が鋼鉄製の箱桁で支えられていることが分かる。だから、どんな重い車でも平気で通ることができる。このように、真下まで行けば橋の下の5列のアーチは、すべて役目を終えた「飾り」だと分かるのだが、1枚目の写真のように、少しでも離れると、鋼箱桁は暗くて見えないので、橋は昔と同じように頑張っているように見える。このように、物を大事にすれば、平凡な2代目のカルーゼル橋なんか架けずに済んだのにと思う。現在、「ポロンソー形式」の生みの親のフランスに残っている、このタイプの橋は、オート=ソーヌ県に残っていて、その名もポロンソー橋(Pont à la Polonceau、3枚目のWikipediaの写真)。1848年の架橋で、長さ52mと小型。歩道橋として保存されている。