■国別のリストに戻る ■フランス 「橋」のリストに戻る
リヨンのラファイエット橋 Pont Lafayette
リヨンのユニヴェルシテ橋 Pont de l'Université
リヨンのウィルソン橋 Pont Wilson
ラファイエット橋は、1890年に作られた鉄製の上路アーチ橋で、長さ185m、最大スパン72.5m、残りの2つのアーチはスパンがすべて異なる。橋の名は、三色旗の創始者でもあるラファイエット侯爵に由来する。この時代にしては、それほど優れた技術的価値はないが、目を奪われるのは、パリ以外では見られないようなネオ・バロックらしい装飾橋。橋脚上には上下流計4基の、ごくリアルで大きな白い大理石の彫刻が飾られている(作者はJean-Paul Tabey、オリジナルは美術館)。それだけでなく、鉄の大きなアーチで路面を支える鉄の柱の3本に1本の割合で、鋳鉄で作られた飾り柱が貼り付けられ、醜いリベットを隠している。1944年9月2日、撤退するドイツ軍により橋の中央のアーチが破壊されたが、1946年に修復された。1枚目の写真は、右岸側の上流からの全景。2枚目の写真は、彫刻と鋳鉄飾りを拡大したもの。
ユニヴェルシテ橋は、その名前の通り、1876~98年にかけてローヌ川の左岸に建てられた複数の大学に向かう橋として1903年に架けられた。橋の設計者は、1900年に完成したパリのアレクサンドル 3 世橋を手掛けたジャン・レサル(Jean Résal)。装飾性を重んじて、敢えて時代遅れの鋳鉄で作られたアレクサンドル 3 世橋ほどの華麗さはないが、鉄アーチの曲線がそっくりだし、アーチの部分にも一応鋳鉄の飾りが付いており、路面を支える鉄柱も細い鋳鉄の飾り棒で隠している。橋の入口には、それなりの石の飾り柱も立っている。全長207.5m。中央スパン72.5mの3連の上路アーチ橋。1944 年 9 月 2 日にドイツ軍に爆破され、1947 年に再開通した。写真は、左岸側下流からの全景。
ウィルソン橋は、ポール・セジュルネ(Paul Séjourné)の設計したトゥールーズのカタラン橋にヒントを得て作られた、石アーチにRCスラブを載せた構造の上路アーチ橋。石造アーチの迫石の表面には、コンブランシアン(Comblanchien)という高級な白い石で美しく飾り、そこから立ち上げた、柱や上部の小アーチにも、すべてコンブランシアンが使われ、高級感を演出している。僅かに残る壁面には茶褐色の石が使われている。一方、石アーチ橋の上部にはRCのスラブが置かれ、石造アーチを強化するとともに、来るべき車社社会にも耐え得るようになっている。石橋脚から立ち上げた新古典主義の2本の石柱と、コンブランシアン製の高欄の下のデンティル・モールディングは、橋にさらなる品格を与えている。名前の由来は、第一次世界大戦でフランスの同盟国として重要な役割を果たしたアメリカの大統領ウッドロウ・ウィルソン(Woodrow Wilson)に因んだもの。全長は220m。1944年のドイツ軍の爆撃では、左岸のアーチが破壊されたが、1948年に再建された。写真は、左岸側下流からの全景。