ページの先頭へ

■国別のリストに戻る     ■フランス 「橋」のリストに戻る

 ローヴ運河トンネル  Tunnel du Rove
 コルビエール鉄道高架橋  Viaduc de Corbière 

ローヴ運河トンネルは、マルセイユとアルルの間の内水航路を確保したいという17世紀以来の夢が、マルセイユのすぐ西にあるレスタック(l'Estaque)山地のために実現しなかったのを、20世紀に入り、大きなトンネルを掘ることで解決しようとして作られたフランス最大の運河トンネル。長さ7290m、幅22m、高さ11m。レオン・シャミオ(Léon Chagnaud)社による掘削開始は1910年。第一次世界大戦の影響(労働者不足)のため外国人労働者に依存した工事は遅れ、当時の大統領ガストン・ドゥメルグも出席した開通式は1927年4月26日。このトンネルの完成により、マルセイユ港のすぐ西にあるレスタック(l'Estaque)という漁港の奥からレスタック山地の下をトンネルと水路で抜けてベール湖(Étang de Berre)に入り、湖の西のマルティーグ(Martigues)から河口のブック港(Port-de-Bouc)までカロント(Caronte)運河で下り、そこからは、既設の運河(Canal d'Arles à Port-de-Bouc)を通ってアルル(Arles)まで海を通らずに安全に船を航行させるという「夢」が実現したが、少し遅すぎて時代にそぐわない気がしないでもない。この巨大なトンネルが、現在ほとんど知られていないのは、1963年6月に、入口から約 5 km の泥灰岩の地形の場所で、トンネルのアーチ・ボールトが長さ170mにわたって崩壊し、地表に深さ15m、直径45mの凹みができたため、崩壊部を両側からコンクリート壁で遮断し、運河トンネルとしての機能は潰えた。1枚目の写真は、レスタックの小さな港(今ではヨットハーバー)の最奥部に残る運河トンネルの立派な入口。2枚目の写真は、内部の様子。運河全盛期の18~19世紀のイギリスの運河トンネルに比べれば、断面は巨大だ。
 


最後に、ローヴ運河トンネルとその周辺の現状について見て行こう。まず、1枚目に、マルセイユ~レスタック山地~ベール湖までの、グーグルの航空写真を掲載し、トンネルのルートを黄色の点線を表示する。点線の南の端が運河トンネルの入口で、上に示した写真の場所。地図の①の場所は、上で、「地表に深さ15m、直径45mの凹み」と書いた部分の現状(2枚目の写真)。②の場所は、ジニャック=ラ=ネルト(Gignac-la-Nerthe)の町の中。トンネルの真上なので “建設不許可” になり放置された場所(3枚目の写真)。③の場所は、トンネルから出た先の運河(4枚目の写真)。④は、ベール湖に沿って作られた運河がカロント運河のある方に伸びて行く姿(5枚目の写真)。使われなくなった負の遺産が延々と残っている状況には、驚きと悲しみが交差する。この文章を書くに当たっては、journal local d'investigation(地元の調査新聞)MARSACTUの、「放棄されたローヴトンネルは、上の住民を心配させている(Laissé à l'abandon, le tunnel du Rove inquiète les voisins du dessus)」(2019.10.5)の記事に基づいている。
 
 
 
 
 


ローヴ運河トンネルの僅か500m西に、コルビエール渓谷を渡る石造アーチのコルビエール鉄道高架橋がある。1915 年に完成したスパン20mのアーチが並んでいるだけの構造物だが、主任技師はルクセンブルクのアドルフ橋(Pont Adolphe、1904年)やトゥールーズのカタラン橋(Pont des Catalans、1911年)を設計した有名な技師ポール・セジュルネ(Paul Séjourné)の作品なので、2000年に「20世紀遺産(Patrimoine du XXe siècle)」となり、制度の変更により、2016年に「注目すべき現代建築(Architecture contemporaine remarquable)」に登録された。確かに、アーチ部分を除き、橋脚を含め、すべてを、この辺りの岩と同じ茶褐色の丸石で覆った外観はすっきりとして冴えている。