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ストラスブールのノートルダム大聖堂
Cathédrale Notre-Dame, Strasbourg
【世界遺産】
ストラスブールのノートルダム大聖堂
は、建設が始まった当時は神聖ローマ帝国の都市(ドイツ語を話す町)だったため、大聖堂の形式にも様々な変遷の あとが見られる。1196頃~1220年までに翼廊の北側が作られるが、施工者は神聖ローマ帝国の技術者だったため、フランス式のゴシック構造には疎く、慣れたロマネスク様式に、“知識不足の交差リブ” を付けた形で、1220頃までに翼廊の北側を完成させた。その後、新しい技術者が招かれ、盛期ゴシック様式で身廊が完成(1275 年)。身廊のファサードを飾る有名なバラ窓のステンドグラスは、Erwin de Steinbach(1244~1318年)の作品(制作年は不明だが当然14世紀に入ってから)。1340~60 年にかけて、ファサード北塔(左側)の基部が完成。その上に、ヨーロッパの中世で最も高い尖塔(高さ142 m)が1439年に作られた。ストラスブールが、ルイ14世の軍に包囲され、フランス領になったのは1681年。お陰で、革命による彫像の破壊(1792~93年)が行われ、19世紀は修復に追われた。1871 年にはプロイセン軍によりストラスブールが包囲され、翌年ドイツ帝国に併合。1919年には第一次世界大戦を経てベルサイユ条約でフランスに返還。複雑な経過を辿った。
1枚目の写真は、大聖堂の正面にあるメルシエール(Mercière)通りの入口から、1回目に行った時にファサードを撮ったもので、高さ142mの尖塔もちゃんと映っている。2枚目の写真はその9年後に、メルシエールの奥から大聖堂を見上げて撮ったもので、細部は分かるが、尖塔はカットした。3枚目の写真は、身廊の上部に残った中世のステンドグラス。4枚目の写真は、“16 枚の花びら” として有名なばら窓のステンドグラス。