ここで、少し庭園史について触れておく。回廊の起源は、古代ローマに求めることができる。1枚目の写真は、有名なポンペイの遺跡にあるヴェッティの家(Casa dei Vettii)のペリステュリウム(peristylium)。ペリステュリウムというのは、古代ローマの住宅で主庭となる回廊で囲まれた中庭のこと。写真を見れば分かるように、観光客と同じように、当時の家族は、自由に庭に出入りして会話を楽しんでいた。だから、回廊と中庭の間に障壁は一切ない。また、この時代のローマでは、個人の家にアーチは使わなかったので、回廊の屋根の荷重は大きな石の梁とギリシャ式の太い柱で支えている。これを見た上で、もう一度、上の2・3枚目の写真を見ると、回廊と中庭は壁で遮断されている(中の植物を維持するための作業用の入口が1ヶ所あるだけ)。つまり、回廊の中庭は入る場所ではない。また、古代ローマと違い、回廊の屋根が石造のため、その重量を支えるため、半円アーチを並べて開口部を設けているが、ペリステュリウムのように開放的にはならず、極めて閉鎖的な空間となった。